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    背水の陣と立つ瀬

    • 2017.03.03 Friday
    • 13:59

    私は昭和世代のオジサンなので「死んだ気になって」「あとがないと思って」「背水の陣で臨みなさい」のような言葉を子ども時代にずいぶんいわれた記憶があります。

     

    ギャンブリングの問題で相談につながった家族がいるとします。

     

    家族Aさん
    「これ以上の失敗は絶対に許さない。本人が厳しい状況であることを身に沁みて感じて、もうあとがないと自分を奮い立たせてがんばりなさい」というスタンス。

     

    家族Bさん
    「相談につながったのを契機に、家族のこれまでの考え方やかかわりを見直したい。(際限のない大失敗の連続は困るけど)本人の何度かの小さな失敗は織り込んで、ともに失敗から学びながら少し長い目で考えていきたい」というスタンス。

     

    私の実践から感じる印象に過ぎませんが、Bさんのようなスタンスの方が本人も家族も幸せになっている割合が高いように感じます。

     

    家族はこれまでにたくさん傷ついてきたと思うので、これ以上傷つきたくない、裏切られたくないという気持ちを持つのはあたりまえのことです。ですからAさんのような考え方も理解できます。家族支援を受けていない段階では、こちらの考え方になる方がむしろ一般的かもしれません。しかし、残念ながらこれで押していくことは難しい印象が強いです。

     

    「背水の陣」という言葉をネットで調べてみました。「子供でも分かることわざ格言辞典と慣用句の意味」というサイトに、「この背水の陣とは昔の中国にいた韓信(かんしん)という武将が行った作戦が伝えらているものです。彼は、あえて背後に川がある場所に自分の軍を配置して兵たちを奮い立たせました。それだけでなく、その部隊配置を敵に見せて『あのような不利な場所に軍をおくなど愚かな武将だ』と相手を油断させ、さらにそれで調子に乗った敵を城から誘い出して、空になった城を攻め落とすというかなり綿密な作戦を実行しています。なので、背水の陣とはたんに頑張ればなんとかなるという意味ではなく、ちゃんと勝つための計算をしてその中で使う方法ということになります。」とありました。

     

    「背水の陣」は、厳しい状況に身を置いて気合いでがんばるという意味だけで使われることが多いと思いますが、本来の意味はそうではなく、ちゃんと「余裕」の部分があるのです。単に厳しい状況の中で気合いでがんばらせるのは「無謀」です。結果、本人も家族も傷つきが大きくなります。

     

    では、がんばろうと思える力を持てるようにするにはどうすればよいのでしょうか? 私は「立つ瀬」が必要なのだろうと思います。メチャクチャ広くなくてもよいのですが、本人が立っていられる「余裕」があること。前後左右に何歩かは動けて、小さな挑戦・試行錯誤・失敗ができる環境があることなのだろうと思います。

     

    AさんとBさんのスタンスの違いは「立つ瀬」があるかないかです。ほどよく「立つ瀬」が保障され、小さな挑戦・試行錯誤・失敗とそれらの振り返りを通して自己理解が進み、自信がついてくると、本当の意味で自分を奮い立たせることができるようになるのではないでしょうか。

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